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登山中の雪渓歩行において、アイゼンが必要かどうか…その判断基準は人それぞれです。しかし相手は大自然です。「アイゼン不要」だと思っていざ山に行ってみたら、ときに思いもよらぬピンチに陥ることがあるかもしれません。
僕が実際に「あのときアイゼンがあれば…」と強く感じた体験を二つほどご紹介します。



中央アルプス 摺鉢窪避難小屋手前で窮地!

僕がアイゼン不携帯により命取りになりかけた体験の一つ目は、中央アルプスの越百山(こすもやま)から空木岳(うつぎだけ)に縦走をしたときのことでした。

時期は2013年の7月6日~7日でした。メンバーは僕の他にJJ(後輩)の二人です。JR須原駅からタクシーで伊奈川ダムの上の登山口より入山、当初の予定では越百山、南駒ケ岳を経て摺鉢窪避難小屋(すりばちくぼひなんごや)に泊まり、翌日は木曽駒ヶ岳まで一気に歩く予定でした。

ところが天気が芳しくなく、越百山に着くころには痛いほどの横殴りの雨で、ここで引き返せば良かったのですが、避難小屋を頼りに強行しました。「どんなにずぶ濡れになっても避難小屋にさえ入ってしまえば快適だろう」と思っていました…。

午後になると雷も鳴り始め、休み休み進み、コースタイムよりかだいぶ遅くなり、17時20分ごろ、摺鉢窪避難小屋との分岐に来ました。ここで全く思いもよらない事態を目の当たりにします。

避難小屋への下降路にはびっしりと雪が残っており、アイゼンとピッケルが無いと下降は難しい斜度でした。しかもガスっているため、15分ほど下ればあるであろう小屋の姿かたちも見えません。

一番のミスは僕らはアイゼンを持ってきていなかったことです。経験不足ゆえ、7月の中央アルプスに雪があることを予想できなかったのです。

アイゼンが無いからといって、全身ずぶ濡れで疲労困憊の僕らが安全に小屋までシリセード出来る気はしませんでした。つまり、ここで進退窮まってしまったのです。

引き返すこともできず、安全地帯に移動することもできず…それでも何とか休息をとらないと本当に命取りになります。僕らは稜線から風をよける形で、少し雪渓側に降り、ちょうど雪渓の上部の平坦なわずかなスペースにテントを設営し、厳しいビバークを強いられました。

雪渓上の不安定であることの不安、雪の上であることの寒さ、猛烈な雨によるテント内の浸水、衣類・シュラフの濡れという条件の下、1~2時間置きに目が覚めるという最悪のビバークでした。
僕らは体力だけはあったのか、幸いにも、なんとか一夜を明かすことができました。そして空木岳まで縦走し、エスケープで無事に下山しました。



仙人谷、雪渓であわや大滑落!

アイゼン未装着で死にかけた二つ目の話は、剱岳の北方稜線から欅平に抜けるルートでのことでした。別の山行記録記事である剱岳北方稜線―試練と憧れ―にもサラッと書きましたが、仙人池ヒュッテから仙人温泉までにある雪渓で滑落しかけました。

時期は夏真っ盛りのお盆です。それでもこのあたりは雪渓が多いのは知っていましたのでもちろん6本爪の軽アイゼンは携行していました。それでなぜ滑落しかけたのかというと…。

単純に油断です。

怖いですね。この山行では、そこまで来るのに幾多の雪渓を越えており、雪への警戒心が麻痺していたのかもしれません。確かザックは下ろしてルートファインディングで雪渓に降り立ったと記憶しています。

「アイゼン出すの面倒くさいから無くてもいいや」という気持ちで登山靴で雪渓に乗ると、想像していたよりもツルツルで、軽く転倒。尻餅を付きながらも両手も使って着地したものの、ズルズルと勝手にシリセードが始まってしまったときは恐怖でした。

僕はとっさに身体をうつ伏せにして、無我夢中で全身の摩擦力と手指の爪で雪面にしがみつきました。あのときほどアイゼンとピッケルの重要性を痛感したことはありません。

これまた幸いなことに、なんとか5mくらいで止まり、安全な場所まで這い上がることが出来ました。這い上がって気がつくと腕は氷に擦れて血が滲み、爪からも出血していました。それほどに必死な状況でした。

いやはや、もしあのまま加速していたら雪渓を大滑落して岩に激突して死んでいたところでした…。今考えても猛省します。


マウンテンダックス(mountain dax) 6本爪アイゼン  _ HG120









当時、マウンテンダックス(mountain dax) 6本爪アイゼンを携行していたものの、装着をしていませんでした。これがさえ付けていればこんなに恐ろしい経験はしなかったはずです。



山では謙虚で臆病なくらいがちょうどいい

平地は真夏の暑さでも、山では雪が残っていることもしばしばあります。

中央アルプス南駒ヶ岳摺鉢窪の事例は山の状態を予測できなかった僕の経験不足が引き起こしたアクシデントです。北アルプス仙人谷の事例は自分の技量の過信が引き起こしたものです。

この二つの失敗は今も自分のなかで良い教訓となっています。ちょっと山登りの経験があるからと言って、決して自分の力量技量を過信せず、経験不足を自覚することが大事です。当たり前のことですが、どんな人でも山に対しては常に謙虚で臆病になったほうが長生き出来ると思うのです。



おわり
2018年7月20日