僕と日本百名山について。



大学で登山を始めた

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僕が「これから日本百名山を登ろう」と思ったのは、大学1年生の頃に登山を始めたことがきっかけだった。

僕は大学に入るまでは、学校の遠足程度くらいしか山に登ったことはなく、登山らしい登山をしたことがなかった。しかしひょんなことからアウトドアサークルに入会してしまった僕は山に登ることになったのである。

登山をやるにあたり、日本に山なんて腐るほどあるけど、登山の対象となる山はどれほどあるのだろうか?有名な山くらいは知っておくべきなのではないだろうか?僕は富士山とか高尾山とかの有名どころや、北アルプスなどの総称くらいしか知らないぞ…。そう思って先輩の話を聞くと、どうやら「日本百名山」というものがあるらしい。これは山を知る上でわかりやすそうだ。ならばとりあえず百名山にどんな山がどこにあるのか知りたいと思ったのである。

そこで購入したのがこちら。
改訂版 日本百名山地図帳
山と溪谷社
2020-03-30


日本百名山地図帳である。深田久弥の「日本百名山」ではなかった。このとき僕にとって、日本百名山の文学的叙情性や、深田久弥が何故百名山を選定したかということは関心事ではなかった。

日本百名山(新潮文庫)
深田 久弥
2016-07-29



当時の僕は手っ取り早く百名山の概要を知りたかった。場所や標高、難易度などのデータが欲しかったのだ。この「日本百名山地図帳」はそれらをかなり満たしていて、地図とデータが満載なので山の知識がほぼ無い僕でもこれからどういう場所に行くのかがイメージすることができた。

この百名山のビジュアル図鑑ともいうべき本を眺めていると、この山に行ってみたい、あの山も綺麗だという風にどんどん百名山に想いを馳せることになるので、必然的に百名山制覇という概念がぼんやりと頭に浮かんでくる。



登山=日本百名山に登ること

この本を読んでいては当然百名山以外の知識が手に入らないので、山は「百名山」か「それ以外」という風に認識してしまった。それを助長するようにサークルの先輩方も百名山を意識していたし、サークルで企画される登山もほぼ百名山であったから、もう百名山以外はあまり魅力が感じられなくなっていた。

だったらどうせ登るなら百名山登っておいたほうがお得な気がする。自分の登山実績にも箔がつくというものだ。サークル内の会話でも「〇〇岳登った」「それ百名山?」「違うんだよね」「俺は百名山の〇〇岳登ったけど」というような妙なマウントの取り合いも起こりかねないような、百名山信奉が蔓延していたのは確かだろう。

特に長期縦走と呼ばれる夏にアルプスを二週間弱歩く縦走は、「効率よく」百名山を踏破できた。南アルプスの北岳から光岳まで歩けば、7つもの百名山の山頂に立てるのだ。

百名山でも同じ山に二度登ることは憚られた。サークル活動の性格上、時期により手頃な山が制限されるのでしぶしぶ同じ山に行くこともあったが、何か満足がいかなかった。メンバーが違えばもちろん楽しいのだが、心のどこかで、どうせなら未踏の百名山に行きたいと思っていた。

今考えればこのような考えは実に愚かしい。上っ面の登山実績をわかりやすく積むことにのみ邁進していた。しかし若い頃は近道をしたがるもので、僕の百名山への固執は続いていく。

日本の文系大学生は自由な時間が多い。僕も夏休みや春休みは遠征を繰り返した。先のアルプス長期縦走や北海道、離島の百名山にも足を伸ばした。遠方であればあるほど、長期の休みでないと行くことが難しいし、社会人になってからでは尚難しい。

とは言え、学生時代に百名山を制覇への道は遠かった。それでも半分くらいは登っただろうか。遠方の行ってみたい百名山はなるべく行くようにしたが、全部行くことはやはり叶わない。時間を効率的に使ったとしても金銭面やメンバーが集まらない。そこまでの情熱が無かったと言えばそれまでかもしれない。



転勤と百名山

やがて就職し、社会人になって、僕は大阪に配属になった。学生のときも社会人になっても百名山を漠然と続けようという思いはあったが、転勤というものを味わうとその思いは再燃した。全国の登っていない百名山を登るのに転勤は願ってもない機会だと捉えた。

大阪在住時は学生時代にあまり魅力的に映らなかった大峰山や石鎚山、伊吹山など、西日本の有名な山をまず攻めていった。しかし、転勤はそう頻繁にあるわけではない。長いと10年くらいは同じ場所に居続けなくてはならない。まあ気長にやるさと思っていた。

しかし、実際遠征の機会が満足に無いと、百名山踏破への道のりがあまりにも長いような気がして、モチベーションが下がってくる。気づけば、僕は低山の沢登りや、アルプスの岩稜、雪山など、同じ山でもいろいろな登り方をするような方向に寄っていった。ここらでようやく山の楽しみの多様性にちゃんと目を向けるようになっていた。

いつしか百名山というものは心の片隅には意識するが、積極的に制覇していこうという強い気持ちは無くなっていた。時間の制限とともに山の楽しみ方も必然的に変わっていた。そうこうしているうちに山への気持ちそのそものが薄れてきてしまった。仕事ではもはや新入社員ではなく、多忙をきわめていたひ、私生活もゴタゴタしてくる。そう、婚期が近づいていたのだ…。



人生における登山の障壁

あれよあれよと縁あって結婚すると一年ほどで子供が爆誕。一気にここ2年くらいの話になってしまうが、子供が産まれると僕は百名山どころか山へ行く時間すら見繕うのが難しい状態であった。それは今もたいして変わらない。育児をしながら百名山制覇などということは想像しなくても無理だということがわかる。就職、結婚、育児が人生の三大北壁とは言ったものだが、最後の育児だけが格段にデカい。

少なくとも子供が運良く登山好きになってくれて、子供と一緒に百名山制覇のようなことができれば、もしかしたからこの10年の間に叶うのかもしれない。しかしそんなことなるとは想定してないし、なったとして、それは親のエゴであることは否めない。

もちろん子供と山に登ってみたいという気持ちはあるが、それは百名山制覇などではなく、たまのレジャーで十分だ。「親子で百名山」となると、親の道楽に子供を無理やり付き合わせ、友達との大事な時間やそれ以外の体験を蔑ろにし、長期休暇の度に遠征に行くということになり、それは正気の沙汰ではない。

ということで、僕は百名山制覇の野望はほぼ消え失せ、短時間で出来る低山トレランやハイキングに注力しているというのが現在の山行スタイルである。山に登る機会が極端に減ると、毎回同じ山であろうと、マイナーな低山であろうと、全力でまるで初めての登山のように楽しむことができることに気づいた。

百名山制覇の野望は「ほぼ」消えたが、わずかに灯火は残してある。学生の頃の僕は登山=百名山制覇であったが、今や百名山は多様な山の楽しみ方のうちの一つとなった。そういう意味で百名山をやるのはありだと思っている。

もし僕が百名山を本格再始動するしたら、それはもっと子供が大きくなり、自分の仕事が落ち着いてからにしようと思っている。僕は今それが楽しみでもある。歳をとっても体力を維持するためにトレーニングのモチベーションになっている。今は育児や軽めの山を楽しみ、日本百名山は人生のデザートにでもしようと思う。



おわり
2020年9月4日

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