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ある名門大学山岳部のOBの方から「後輩が全然入ってこない…。」「どうすれば部員が増えるのか」という話を聞きました。どうしてこのような問題が起こっているのか、今の若者は登山についてどう考えているのか...考察してみます。


大学生が登山をしない?

「山学部に人が集まらない」
この話だけ聞いてしまうと、「若者にとって登山が魅力的ではないから」という答えを出してしまいそうですが、そういう単純な話ではないと僕は考えます。

なぜなら同じ大学生の活動でも「登山サークル」や「ワンダーフォーゲル部」の活動はますます盛んになっているからです。学生御用達の登山用品店さんの話を聞いても年々学生が多くなっている印象です。

僕の所属していた大学のアウトドアサークルも10数年前よりはるかに人数が増え、登山を好む若者が増えているように感じます。僕が学生の時は「登山なんて大変そうだしやりたくない」と新人勧誘で苦労したものですが、いまや買い手市場です。

ここ10年くらいで「登山そのものに対する世間の認知が変わってきた」というのもあるでしょう。登山・アウトドアブランドもオシャレな製品をどんどん出していき、The North Face や patagonia など、もはや一般的に見てもおしゃれなブランドです。2010年あたりには山ガールも流行りました。従来のオタクみたいなチェックの山シャツだけではなく、ビジュアル的にも若者が親しみやすくなりました。もはや登山は中高年のものではなくなっていったのがこの10年のように感じます。



登山は興味がある。でもキツくて危険なのは嫌だ

バブル期後に生まれ、平成の「ゆとり世代」や、さらに年齢の若い「さとり世代」と呼ばれる世代は、お金を使って楽しむレジャーよりも、登山などの自然を楽しむ「体験型レジャー」を欲しているように思えます。

平成生まれの若者たちは自分たちの生きてきた時期の景気情勢に影響され、派手な消費は抑え、がむしゃらに働いたり努力することを嫌う傾向にあります。仲間を大切にし、労働よりも余暇、強制よりも自由。都会よりも自然…というような傾向があるのではいでしょうか。

したがって、バブル期の残党のような悪しき伝統である激しい飲み会でのコールや、オールラウンドで「ちゃらい」活動をしているサークルよりも、健全で健康的な活動をしている登山サークルなどが今の若者の考え方に合ってきているのかもしれません。

一方で、大学の山学部にはなぜ人が集まらないのかというと、正直ハードルが高すぎるからだと思います。「名門」と呼ばれる団体ほど、激しいトレーニングと危険を伴う登攀を行います。それらの活動内容は初心者から見ればとても近寄れるものではありません。

今の若者にとっては、登山といえども山岳部の規律やキツい訓練が嫌…という人も多いのではないでしょうか。

また、大学山岳部が元気だった戦中戦後の若者と現代の若者を比較してみると、昔の若者にとって、登山・登攀(クライミング)は数少ないレジャーであり、危険な場所であればあるほど、自分の有り余ったエネルギーをぶつけられる場所でした。

現代の若者にとってレジャーは他に山ほどありますし、危険な事に青春を賭けるというのはナンセンスなのでしょう。
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社会人になってから登山をやる人

高校や大学から登山をやり始める人がいる一方で、社会人になってから独学で登山を始める人も増えてきているように思います。

一昔前は登山技術を学ぶ場は学校山岳部か社会人山岳会と相場が決まってしましたが、社会のあり方が多様化しているように、山と人との関わり方も多様化しています。

Twitterなどを覗いていると、そういう方が多いと感じます。何でもネットで調べればわかるような今の世の中、登山の情報や知識は学生団体や山岳会に所属していなくとも得られるようになったのでしょう。僕も半分はそうです。登山自体は学生時代からやってますが、社会人になってからより打ち込むようになりましたし、独学もしました。

社会人から登山のキャリアをスタートしても1~2年で北アルプス縦走レベル、3年目の冬には冬山挑戦なんてのも珍しくは無いようです。すっかり山の虜となってしまった人はバリエーションルートや登攀に向かいます。そこから山岳会や山岳同人に所属していく人もいます。

昔より今の方が、本格的に没頭し始める年齢が上になっているような気がします。これには社会の情勢やレジャー・趣味の多様化が起因しているのかもしれません。もしくは日本人の精神的成熟が遅くなっているのかもしれません。

学生時代には登山の魅力に気付かなかった人達でも遅咲きのクライマーになったり、大きな組織には属さないクライマーになっているようです。



花谷さんのヒマラヤキャンプ

日本の著名な登山家・クライマーの花谷泰広さんは数年前から「ヒマラヤキャンプ」と題して、組織の枠を無視した公募によるヒマラヤ未踏峰登山プロジェクトを行っています。

ヒマラヤキャンプのウェブサイト(http://first-ascent.net/himalaya)では以下のようにプロジェクトの説明がなされています。

学校山岳部や社会人山岳会が元気だった頃は、山を学び、仲間と出会うために、ごくごく自然に会に所属して活動する登山者がほとんどでした。新人は黙々と先輩について行き、技術だけでなく、考え方やある種の生き方のようなものも自然と学ぶことができました。
(中略)
ところが昨今、登山者の形態は多様化しました。いまは組織に属する登山者の方が少ないのかもしれません。
(中略)
このプロジェクトは「山岳文化の継承と発展」というミッションの下、僕がこれまで培ってきたものを次世代に継承する場でもあります。

花谷さんは、登山の入り口が多様化していくと共に、もはや大学山岳部や社会人山岳会では若手の育成に限界があると感じ、自らが若手登山家の育成の担い手としてこのようなプロジェクトを立ち上げています。

ヒマラヤ遠征といえば以前は大学山岳部や大きな社会人山岳会に所属していなければなかなかチャンスは無いものでした。しかしそういった組織に若手が集まらず、育成が難しい現状がある…。ならば全国各地に散らばった無所属だけど志の高い若者を集め、ヒマラヤ遠征への機会を与えるのがヒマラヤキャンプの意義の一つだと筆者は思っています。

そうして実際、ヒマラヤキャンプには若手が集まってきています。



大学山岳部の課題

ヒマラヤキャンプには人が集まり、名門大学の山岳部には人が集まらない…。それでは大学山岳部はどうするべきでしょうか。

そもそも、今の大学生は登山をレジャーの一つだという認識はしていますが、あくまでもそれは安全な縦走登山程度であり、登攀や雪山登山など、命を失うリスクが高い行為に青春のエネルギーをぶつけるようなことをしない人が多いのです。

全国の高校山岳部出身者ですら、人から聞くところによると、大学に入ったら違うことをしたいと思う人が結構いるらしいです。

いまやスポーツにしろ、他の趣味にしろ、高校生にとって魅力的で熱中できることは沢山あります。登山のように命を落とす危険性がある行為であり、スポーツ選手のような地位も無い登山という行為は、高校生にとって魅力的ではないのかもしれません。高校で山岳部に入っている生徒のほとんども登山家を将来の夢にはしないでしょう。

しかし、将来の選択肢や趣味が多様化した現在であっても、登山に熱中する若者、高校生も必ずいるはずだと、僕は考えています。その証拠に、ヒマラヤキャンプでは全国から若者が集まってきています。

いまや学生を山岳部に入部させるには、大学山岳部の伝統とも言える「とにかくキツい」というイメージを払拭し、多様な登山スタイルを許容し、初心者へのハードルを下げていくしかないと思います。

登山に没頭し始める年齢が全体的に上がっているということを考えると、大学一年生からしごきあげるというのは教育の段階としてまだ早すぎるのかもしれません。

しかし、そんな甘いことやってしまうと長く培われてきた技術の消失が懸念されます。

大学山岳部が生き残るには、門戸の解放と技術の伝承の両立できる運営方法を模索する必要があるのではないでしょうか。



おわり
2018年7月15日