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どうも、家から登山口まで徒歩圏内に住んでいる者です。

かつて関東や関西の首都圏平野部に住んでいたときは、「家からどこでもドアで登山口に行きたい」なんて思ったことがありました。山から遠いところにお住まいの方はそう思っている方は多いんじゃないんでしょうか。

しかし、実際に家から登山をすることの弊害を考えてみたことはありますか?私は移住して実際に「自宅から登山がスタートできる状況」になるまでその弊害には気づきませんでした。

その弊害はというと、単純に「どこでもドアを開けるハードルがとても高くなる」ということです。

なぜ?と思うかもしれませんが、ようするに登山への心の準備が追いつかないのです。朝早く登山をしたいからこそ、登山口までワープしたい、そう思っていたのにいざそうなると、家を出る前に「今日は登るぞ!」という強い意思をこしらえておかなければならないことに気づきました。そして家から即登山口ということは裏を返せば登山口から即家に戻れる、すなわち即お布団に戻れるとも言えるのです。お布団がすぐ後ろで口を開けて待っているところに背を向けて「今日は登るぞ!」という意思を貫くことの難しさというものを私は想像していませんでした。

ということでお布団からはたらく万有引力が「どこでもドアを開け放とうとする手」を重くしてしまうのです。そしてときにはその引力に勝てますが、外がマイナス何度とかめちゃ寒いときや真っ暗な日の出前の時はお布団からブラックホール並のとびっきりの重力が出てしまうのです。

同時に都市部からどこでもドアを使わずに山に向かうときに自分の心に何が起きていたのかも気づきました。とりあえずパッキングして家を出て、駅のコンビニで朝飯買ってあったかい電車に乗ってとりあえず安心してスマホいじり、そしてちょっと寝て、朝日を浴びながら電車が山々に近づいてきてテンションがあがる。そして登山口に着く頃にはもう登るしかない状況だし、登りたくて仕方がないわけです。そこには到底自宅の布団の引力など届かない。だから思いっきり山に登れたのです。段階を踏んで山に向かうからこそ登山への心の準備ができていたと言えます。

「所詮お前の山に行きたい欲求なんてそんなもんだっただけだろ?」と思う人がいるかもしれませんね。確かにその通りです。皆さんはどうでしょうか。

でも少し言い訳をすると、家から登山口くらいの立地に住んでいると、もう家が山みたいなものです。窓の外には奥秩父、八ヶ岳や美ヶ原、北アルプスまでもが見え、静寂の中鳥のさえずりだけが聞こえます。ああもうこれはほぼ山頂と同じ。これだけでいいじゃんってなるのです。しかもそれが飽きないのです。それでもあえて汗をかいて少し高いところまで行くのはまた格別の喜びがあるものですが、お布団の力も相まってなかなかそうはいかないのです。

かの漫画『岳』の主人公、島崎三歩もエベレストベースキャンプでチームメイトに「随分と楽しそうだな。登頂してきたやつみたいだ」などと声をかけられ「楽しいよ?ベースキャンプだってエベレストでしょ。頂上までぜーんぶエベレストじゃん」という名言を残しています。だから私は不幸になったとか、山に飽きたり好きじゃなくなったりしたということは全くなく、この「山に行くハードルが上がる」というのはむしろ贅沢な悩みなのかもしれません。

三歩のエベレストベースキャンプのくだりは『岳』3巻に収録されています!




おわり
2025年2月23日

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