※この文章の内容、思想は石破茂氏本人とは全く無関係です。
まず冬季富士山登山とは何か。狭義では冬季、すなわち12月〜3月に富士山に登ることを指しますが、広義では富士山閉山期の10月〜6月登ることを指すようです。
冬季富士登山について、とある弁護士さんが面白いことをおっしゃっておりました。「冬の富士登山は、それ自体がきわめて危険であることは明らかなのに加え、明確に禁止されています」と。先に申し上げるとこれは間違いなんです。正確には富士山の登山道は県道として認められており道路法の冬季通行止め違反という法律違反になるからであって、この方はそれを拡大解釈して「冬の富士登山が禁止されている」とおっしゃっているわけです。法律について本職の弁護士の方ですら冬季富士登山の規制について正確な理解をされていない。まずそういうお話でございます。
冒頭申し上げた通り、冬季の富士山登山を全面的に禁止すべきだという議論がございます。遭難が発生し、救助に公的資源が投入されている以上、それを問題として指摘すること自体は、一定の合理性がある。国民の皆様がこれについて声を上げる道理もある。じゃあそうなのか、禁止すればいいのかというと話はそんな簡単なものじゃあございません。
この問題は、いくつかの論点を分けて考えねばなりません。
まず、救助費用の問題。
遭難が発生している以上、確かに費用は発生している。山梨県も静岡県も冬季富士山に限った遭難件数データというものをだしておらんのですが、報道などを加味しても推計で年間10件以下であり、これをもって地方自治体の財政を圧迫していると断定する議論については、私は正直申し上げて、そのような話はこれまで一度も聞いたことがございません。負担が存在することと、それを理由として全面禁止に踏み込むことの間には相当の距離がある。
次に、遭難の原因でございます。
冬季の富士山における遭難の多くは、自然条件の厳しさに加え、装備や経験、判断といった人的要因に起因する部分が大きいと言わざるを得ない。そうである以上、本来講ずべきは一律の禁止ではなく、条件の設定でなければなりません。過去の遭難事例を精緻に分析し、装備の何がいけなかったのか、計画のどこに問題があったのか、どの程度の経験を前提とするのか、はたまたその遭難者の責任能力に問題があったのか、そこをしっかりと議論していく必要があります。ここで、「危険であるから禁止する」という手段を取る場合、その射程はどこまで及ぶのかという問題も申し上げないといけない。
リスクを伴う行為は登山に限りません。その中で、どこまでを禁止し、どこからを許容するのか。この線引きを感覚だけで決めるということは、民主主義国家において本来あってはならない。これは原則に基づいて整理せねばなりません。
スウェーデンなんかの北欧諸国には自然享受権というものがありまして、日本ではあまり聞き馴染みのないものだと思いますので、これは何ぞやと言いますと、土地所有者に迷惑をかけない限りは人々は私有地国有地の区別なく無料で自然の恩恵が受けられるという慣習法であります。今私が申し上げている冬季富士登山禁止という議論は私人どころか国家が国民から自然享受権を取り上げるものですから、北欧の方からすれば「とんでもない」という話になるわけです。
この自然享受権という言葉は日本においてはなじみが薄いので当てはまらないのは仕方のないことだ。しかし、日本国憲法13条には幸福追求権が、22条には行動の自由というものは確かに存在し、北欧の自然享受権に類するものはある。さすれば我が国がこれを国民に制限するのであれば、それは畢竟、相当な必要性と合理性が伴わなければなりません。その議論を十分に行うことなく、「危ないから全部だめだ」という思想は少なくとも行政の長が公に述べることでないと私は思うわけであります。
さらに、社会的コストの問題についても議論の必要がある。
山岳遭難救助だけを切り出して論じるのであれば、交通事故や生活習慣に起因する疾病との関係をどう整理するのかという問題も出てくるわけであって、この手のものは他にも水の事故、火災など枚挙にいとまがない。これらについては、一定の自己責任性があるにもかかわらず、公的支援が行われている現実があり、それが社会保障であり国家の責任であり義務であるわけでありますが、ここで冬季富士登山のみを特別に扱うのであれば、その理由を明確にせねばならない。逆に全ての自己責任に起因する事故に係る費用は有償にするのか、それはいったいいかほどの現実性を帯びているのか、なども議論する必要がございます。
また、外国からの登山者の問題もございます。
厳しい日本の自然に魅力を感じて訪れる方々を、一律に排除するのか、それとも一定の条件の下で受け入れるのか。この選択は、安全対策にとどまらず、世界における日本の在り方にも関わる問題となってございます。またこれは外国人の日本における諸問題と冬富士登山の安全性とは別問題であり分けて考えなくてはなりません。
ここまで申し上げた通り、この問題は単に「危険だから禁止する」という形で整理できるものでは決してございません。自由と規制、自己責任と公的支援、そのバランスをどこに求めるのかという問題でありまして、その観点から制度設計を精緻に行う必要があることは言うまでもない。
したがって、民主主義国家が、全面禁止という結論を先に置いてしまうのは非常に危険であると私は考えております。事実と原則に基づいて、何をどこまで求めるのか、侃侃諤諤の議論をしてようやく、道筋が見えてくる。そのような問題であると考える次第でございます。
※この文章は石破茂さん本人とその発言、思想とは一切関係がありません。ご了承ください。
おわり
2026年4月16日
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コメント
コメント一覧 (2)
たったそれだけのことが何が難しいのか全くわからん
さっさとやればいいのに
あまりに雑すぎでございます